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カテゴリ:教授の独り言( 32 )

研究室等の風景

新しい研究室,講義室の風景です。
早く学生とここで学びたいですね。
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研究室からの風景は,さすが北海道です。
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by kazukunfamily | 2014-04-01 11:03 | 教授の独り言

さようなら手柄小学校

今日、前任校の手柄小学校で離任式がありました。
いよいよ最後の校舎、桜です。
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暖かい送別の言葉と花束をもらいました。
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京都の大学へ帰ると、ここにも柔らかい桜の花が咲いていました。
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by kazukunfamily | 2013-04-09 18:22 | 教授の独り言

新ブログ名になりました。

かずくんのアートの授業から
図工大好き佛大橋本ゼミ になりました。
理由は、佛教大学の教員になったからです。
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この研究室の下は桜がきれいです。
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こんな中、本日、任命式がありました。緊張しました。
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入学式もあり1800名のその数にびっくりしました。慈愛の心を学べた式でした。
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by kazukunfamily | 2013-04-01 18:02 | 教授の独り言

明日から新ブログ名に、

今日でこのかずくんのアートの授業名は終わり
明日から新ブログ名にかわります。どんな何するか現在考え中ですが
その理由は
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いままで勤めていた小学校教諭から卒業するからです
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新しい仕事場は京都の大学
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北区の桜がきれいな大学です
ただいま引っ越し整理の真っ最中です。
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明日からは大学ばーしょんのアートの授業がはじまります。
どうぞよろしくお願いします。
by kazukunfamily | 2013-03-31 13:37 | 教授の独り言

夏の思い出8月編

これは新潟の木の絵本美術館の廃校に住む、子どもの思い出をはき出す妖怪?ですが、
きっと子ども達もたくさんの思い出をこのなつ経験したでしょう。
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先生も、審査会や先生対象の研修会でいろいろ指導してきました。
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学会発表もしました(名古屋)
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人権資料の表紙や挿絵もがんばりました。
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あとは3本論文をしあげました。(これハードでした、超寝不足)
そして、2学期の教育課程等の準備をしてきみたちをまっています。
by kazukunfamily | 2012-08-27 13:21 | 教授の独り言

ひょうたんの芽が出た

ひょうたんの芽が出ました。
発芽率は70%。でてほっとしました。
で,みんなで観察しました。
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by kazukunfamily | 2012-05-02 21:05 | 教授の独り言

鷹の目・ウサギの耳・ウルトラマン光線

◆聞き上手に必要な3つ◆
●タカの目
 先生も君たちに分かりやすい話し方を心がけ、学ぶ意欲がわくじゅぎょう作りにつとめますが、まず、話は目で聞けと言います。タカが大空から地上のえ物を鋭い目でねらうように、話す人の方をしっかりみましょう。話す人は口だけでなく、全身で話す内容を説明しているはずです。しっかり目で聞きましょう。

●ウサギの耳
 ディズニーのキャラクターにぞうのダンボがいますが、ウサギのようにびん感な耳がいります。それは、しっかり聞こうとする気持ちが大事だとおもいます。時々、聞き流している時はありませんか。しっかり聞くと行動に自しんが出ますよ。

●ウルトラマン光線
 ウルトラマン光線は、打つ相手にしっかり向くことが基本です。だから、話を上手に聞くには、話す相手にへそを向けることが大切です。友達の発表にはすばらしいヒントがたくさんあふれています。ですから、ウルトラマン光線で聞いたらその手を上に上げて、「***さんに付け加えて。」等の言葉をそえてはんのうしよう。
by kazukunfamily | 2012-04-13 00:42 | 教授の独り言

クラス目標考えました。

今年のめざす児童像を考えました。当然ごろあわせです。
わ・・「わははは」と笑うのがとくい
あ・・あいさつが大すき
す・・すばやく行動。
て・・てれずに、自信を持って
    発表しよう。
き・・きくときは(たかの目・
    ウサギのみみ・ウルトラマンこうせん)
by kazukunfamily | 2012-04-04 21:26 | 教授の独り言

5年生がサバをさばく。

校区の中央卸売り市場の協力を得て,魚料理教室をしました。
サバとサンマをさばいて,唐揚げ・天ぷらにしました。
最初は,見ている方がどきどきしましたが,さすがどの子も肝がすわっています。
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あっというまにさばき,元気よくたべてしましました。
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魚屋さん,そして手伝っていただいた保護者の皆様ありがとうございました。
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by kazukunfamily | 2012-02-17 22:38 | 教授の独り言

木を植えた男のショートバージョン

木を植えた男はジャン・ジオノの名作ですが,道徳の授業で子どもに読ませるには少し,長い,
そこで,少し短いバージョンをつくってみました。
木を植えた男
        ジャン・ジオノ
話は、何十年もむかしにさかのぼる。あれはたしか1913年のこと。
わたしは、フランスのプロヴァンス地方の なみの旅人なら、足も踏み入れぬような山脈の道を、若い足にまかせて突き進んだ。

海抜1300メートルほどのそのあたり、どこまでいっても草木はまばら、生えるはわずか野生のラベンダーばかりという、まったくの荒れ地だった。その広い荒野を、3日歩き続けてたどりついたのは、見るもむざんな廃虚だった。
前の晩から、水筒の水がなくなっていたので、まずは、水のありかを探さなければならなかった。泉が一つあるにはあったが、水はかれはてていた。

 さらに歩き続けること5時間余り。水はどこにも見つからず、その望みさえ持てそうになかった。ところがふと見渡すと、はるかかなたにちらっと小さな黒い影。はじめは、ぽつんと立っている1本の木かと思われたが、ともかく私は、それにむかって歩いていった。

それは、羊飼いの男だった。男は、皮袋の水を飲ませくれた。そしてひと息ついたわたしを、高原のくぼ地にある羊小屋へとつれていってくれた。
男は、どっしりとした、石造りの家に住んでいた。男は、温かいスープをふるまってくれた。その夜、わたしが泊まることを、男はとうに承知していた。そこからいちばん近い村でも、歩いて1日半もかかるので。

そのあたりの4つか5つの村々は、車も通わぬ山腹に、点在し、孤立していた
その村の男たちは、焼いた炭を二輪車で 都会に売りに出かけては、またとって返すのくりかえし。 女たちは、お互いへの恨みのスープを、ぐっつぐっつと煮えたぎらせて、どんなことにもめらめらと、競争心の火を燃やす。炭の売上げをめぐっても、教会の陣取りをめぐっても、争いのたえぬありさま。おまけに吹きすさぶ強い風が、たえず神経をいらだたせ、自殺と心の病いとが、はやりとなって、多くの命をうばいさる。

ところで、羊飼いは、どことからか小さな袋を持ってくると、中に入ったどんくりを、テーブルのうえにひろげた。そして、一つ一つ手にとって、かなり念入りによりわけはじめた。まずかれは、大きめのどんぐりを選び出し、さらに目を近づけて、ひびいったものをとりのけながら、10粒ずつにふりわけた。さいごには、完全な形をした100粒のどんぐりが残された。そこで男は仕事をやめ、わたしたちは床についた。

 男は、羊たちを遊牧地へとつれだすまえに、前夜、念入りによりわけた、どんぐりの袋を、バケツの水にちょっと浸して、腰にゆわえた。それから羊を追い立てはじめたが、男の手ににぎられていたのは、木のつえでなく、長さ1メートル半ほどの鉄棒だった。
     
遊牧地から200メートルほど山道を登ったところで、男はあの鉄棒を地面につきたて始めた。そうしてできた穴のなかに、こんどは用意したどんぐりを一つ一つ埋め込んではていねいに土をかぶせた。
かれは、カシワの木を植えていたのだった。「あなたの土地ですか?」と聞くと「いいや、ちがう」と、かれはこたえた。「だれのものかは知らないが、そんなことはどうでもいいさ」と、ただただかれは、ていねいに、100粒のどんぐりを植え込んでいった。
昼の食事をすませると、男はまた、どんぐりをよりわけはじめた。そのあいまに、わたしは、しつこく質問をあびせいろいろなことを聞き出した。
3年前からこの荒れ地に、かれは木を植え続けているのだという。まず10万個の種を植え、そのうち2万個が芽をだした。その半分近くが、やがてだめになるだろう、とかれは見こんだ。動物にかじられるか、予期せぬことが起こるかして。それでも、のこる1万本のかしわの木、そこに根付くことになる。ほとんど不毛の地だったというのに。

ところでそのとき、わたしは急に、男の年が気になりはじめた。聞くと55歳だという。名をエルゼアール・ブフィエといい、かっては、ふもとに農場をもって、家族といっしょに暮らしていた。ところがとつぜん、一人息子を失い、まもなく奥さんもあとをおった。そこで世間から身をひいて、まったくの孤独の世界にこもり、羊と犬をはんりょにしながら、ゆっくり歩む人生に、ささやかな喜びを見いだした。でも、ただのんびりとすごすより、なにかためになる仕事をしたい。木のない土地は死んだも同然。せめて、よきはんりょを持たせなければと、思い立ったのが、不毛の地に生命の種をうえつけること。

わたしは、かれにこう言った。
「もう、30年もすれば、1万本のカシワの木が、りっぱに育っているわけですね。」するとさりげなく、かれは答えた。
「もし神様がこのわしを、もう30年いかしてくださるなら場の話しだが・・・・ その間、ずうっと植えられるとすれば、今の1万本なんて、大海のほんのひとし ずくってことになるだろうさ」

明くる日、わたしはブフィエ氏と別れて旅立った。
次の年、第一次世界大戦がはじまり、それから5年という歳月を、わたしは戦場ですごした。戦争からもどると、わたしの足は、あの荒れはてた地へと、向かっていった。
この5年間、あまりに多くの死を見てきたので、エーゼアール・ブフィエ氏が亡くなっているのでは、と考えてみたのも、むりはなかった。ところが、かれは生きていた。戦争なんぞはどこ吹く風、と知らぬ顔をして、木を植え続けていた。
森は3つの区域に別れ、長さ11キロメートル、幅3キロメートルほどの広さにおよんでいた。まさにそれは、このむくちの男の手と魂が、なんの技巧もこらさずに作り上げたもの。戦争という、とおうもない破壊をもたらす人間が、他の場所ではこんなにも、神のみわざにもひとしい偉業をなしとげることができるとは。

1920年以来、わたしは、1年とおかずエルゼアール・ブフィエ氏を訪ねた。
最後にエルゼアール・ブフィエ氏に会ったのは、1945年7月のことだった。かれは、87歳になっていた。
わたしはまた、あの荒涼とした道をたどろうとしていた。バスがわたしを降ろしたところは、ヴェルゴンという村だった。

1913年頃、村には11、2軒の家があったが、住んでいたのは、たった3人だけだった。みな、粗野な人間で、それぞれいがみあいながら、生活していた。

いまはすっかり変わっていた。空気までがかわっていた。かってわたしにおそいかかった、ほこりまみれの疾風のかわりに、甘い香りのそよ風が、あたりをやわらかくつつんでいた。山のほうからは、水のせせらぎにも似た音がきこえてきたが、それは、森からそよぎくる、木々のさざめく声だった。いや、水場に落ちるような水の音も、どこからか聞こえてくる。いってみると、なみなみと水をたたえた噴水がつくられていた。
さらにその村には、未来への夢と労働への意欲がみなぎっていた

一つ、また一つと、村々が再興されていった。かっての村人たちにくらべたら、見違えるほどなごやかな心で、人々は生活を楽しんでいる。それら1万をこえる人たちは、その幸せを、エルセアール・ブフィエ氏に感謝しなくてはならぬはず。

ところで、たった一人の男が、その肉体と精神をぎりぎりに切りつめ、荒れはてた地を、幸いの地としてよみがえらせたことを思うとき、わたしはやはり、人間のすばらしさをたたえずにはいられない。
魂の偉大さのかげにひそむ、不屈の精神。心の寛大さのかげにひそむ、たゆまない情熱。それらがあって、はじめて、すばらしい結果がもたらされる。
この、神の行いにひとしい創造をなしとげた名もない老いた農夫に、わたしは、限りない敬意を抱かずにはいられない。

1947年、エルゼアール・ブフィエ氏は、バノンの養老院において、やすらかにその生涯をとじた。

次回,この指導案を示します。
by kazukunfamily | 2012-02-16 23:55 | 教授の独り言

子どもと環境とアート教育の関わりを生かした図画工作科教育の実践的研究


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