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実践美術学会 in堺 2月27日やってます。きてね。

実践美術学会 in堺 2月27日やってます。きてね。
今日、堺産業振興センターで9時から夕方までやっています。(4階)
いゃー、いい実践がきけますよ。
また、ustreamでも中継しています。http://www.ustream.tv/channel/paes
です。みてね!昨日の報告。
まず、姫路の家島小学校の光のアートの実践報告(ゆったりした先生のムード最高でした)
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佐用町のアートスクールの巨大絵本づくり、災害を乗り越え、ふるさとへ清流への思いがこもっています。(きっとした発表でした)
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姫路の保育アートの実践です。まーすごい、子どもの発想をころがすころがす。来年も参戦のことらしいです。(パワフル一杯でした)
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素直な実践ですね。ここからがスタート、広島の幼児の将来はこの先生方が担うでしょう。(言い直します。に会場は「がんばれ」の暖かい心でみちました)
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静岡の園児の実践、これは園にいくべしですね。一回は実物を見てみたい、すごい実践です。
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辻田名誉教授の講演もありました。元気な声を聞けて、うれしーーー!かったです。
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by kazukunfamily | 2011-02-27 09:27 | 学会の活動紹介

ショッピングセンターのアート

校区に巨大ショッピングセンターがプレオープンしました。
生活指導担当として、施設下見をしてきました。
ショッピングセンターが子ども達の生活を健全に豊かにすることを願いました。

で、見つけた気になるアート。
まずはペットボトルの姫路城。
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ビデオアート、これがすごいと思います。人の動きに連動して画像が変化します。
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by kazukunfamily | 2011-02-24 23:54 | アートと地域

持続可能な社会と市民参画

持続可能な社会と市民参画
市民参画の「参画」とは,広辞苑によると「計画の立案に加わること」166)とある。すなわち,持続可能な社会を構築する活動の企画段階から参加し,その計画実現,結果評価にまで関わるというということと捉える。同様の表現に「市民参加」がある。この市民参加については,篠原一が,「参加を権力による『包洛』の危険性を持ったものとして警戒する立場もあり,事実,近代化の途上にある国々においては政治的参加が権力による動員の形をとるものも数多く指摘される」167)としているように行政の下請けという参加の形になる恐れがある。よって,「参画」は,行動的な市民性を持った市民による参加の型というように理解する。また,以後,市民参画の意義を考察する上で参考にする,ユネスコのハンブルグ宣言における「市民参加」も,「参画」と同義とみなして,能動的なものと解釈する。

①持続可能かつ公正な開発と市民の参加
 1997年のユネスコ第5回国際成人教育会議で採択された「成人学習に関するハンブルグ宣言」の冒頭において,「参加型社会」の必要性を以下のように説明している。
「人権の最大限の尊重を基礎にした、人間中心の開発ならびに参加型の社会のみが、持続可能かつ公正な開発をもたらしうることを再確認する。もし人類が生き延び、未来の課題に応えようとするのであれば、生活のあらゆる領域において、人びとが情報を得て、効果的に参加できることが必要である」168)。
この宣言では,持続可能かつ公正な開発には,人々=市民が積極的に生活課題の解決等に参加する参加型社会を形成することが必要とされている。では,持続可能かつ公正な開発には市民の参加が,なぜ必要なのであろうか。この疑問を解く鍵として,同年にユネスコの21世紀教育国際委員会が3年間にわたる作業の末まとめた『学習:秘められた宝“ユネスコ21世紀教育国際委員会報告書”』(以下,報告書と記す)を参考にする。この報告書にはハンブルク宣言に通じる現代社会への認識が記してある。
 「報告書」は,まず,大半の国において,社会危機をもたらしかねない現象(流民化,家庭崩壊,野放図な都市化,伝統的近隣社会の崩壊等)が目白押しで,多くの個人・集団が孤独や疎外に追いやられており,社会結合を促してきた諸価値がいたるところで何らかの危機に瀕していると報告している169)。そして,具体的に次の2点を指摘する。
第1・「国民国家の理念と強力な国家的中央集権の理念の結びつきは,参加型の市民社会  や権力の高度な分散化の必要に迫られて今や時代にそぐわなくなりつつある。」
 19世紀のヨーロッパで確たる形態を整えた「国民国家」も,見方によれば,国民  統合の唯一の枠組みではなくなっている170)。
第2・「民主主義の概念もその矛盾が露呈し,問題化している」
 政治的代議員制度やそれと不可分な関係にある権力の行使は,今や危機に直面して  いるところがある。為政者と国民とのギャップが拡がり,メディアの煽る感情的で一  過性の強い反応の数々,テレビによる政治討論が与える娯楽としての政治のイメージ,  あるいは政治世界における汚職イメージなどが,多くの国において「法による支配」  を危機に導き,一般市民の「公共」に対する不満を醸成している171)。
「報告書」は,「真の自由・平和・真の社会的多元主義,社会正義などの実現に向けた国民の協同的な営みを可能にする」ものとして民主主義の理念の再構築,再活性化を求めている。そのために「公共の利益を念頭におき,民主的市民生活に参加しようという意気込みをもって,一人ひとりが真の市民として行動する能力」172)が市民に必要としている。 このように報告書は,民主主義の理念の再構築,再活性化のために,市民の社会参加=参加型社会の構築を提言している。
 さらに,ハンブルグ宣言では「成人教育は権利以上のものであり21世紀への鍵である。それは積極的な市民性の帰結であると同時に社会生活への完全な参加の条件である。それは生態学的に持続可能な開発を育み、“略”平和の文化に転換された世界を創る」173)と成人教育と共に積極的な市民の市民性を持続可能な社会の構築への条件として重視している。このことから,行動的な市民性を有した市民が能動的に参画する「参加型社会」を実現することは,持続可能かつ公正な開発を可能にし,持続可能な社会を構築することに繋がると考えられる。
by kazukunfamily | 2011-02-23 22:05 | 博士をめざす方へ

持続可能性と市民性

番号は註です、。詳しくは、兵庫教育大等にある論文「市民教育としての環境芸術の教材」を参照のこと

市民的リテラシーとは
では,持続可能な社会を構築する「市民」に必要な市民的リテラシーとは,具体的にどのようなものであろうか。「学校における“市民的リテラシー教育”の導入の方向性」を研究している川中大輔は,「市民的リテラシーは、市民社会を担う『政治の技能と知識』と、様々な他者と共に社会を構成するための『共生の技能と作法』の二つが中心的位置を占めている」157)とする。さらに、「政治の技能と知識」の形成は、別の表現を用いれば、公共圏の担い手となるための「討議能力とそれを支える批判的知性の形成」と、行動的な市民となるための「市民的問題解決行動の形成」の二つを目指すものであるとも整理している158)。
そして、川中は、「共生の技能と作法」、「討議能力とそれを支える批判的知性の形成」、「市民的問題解決行動の形成」の3つの目標で示される技能の総体が市民リテラシーであるとし、体得すべき3つの目標を以下のように解説している。
○「共生の技能と作法」
  社会を構成する多様な他者の存在を積極的に承認しあい、共に社会を担っていこうと する心構えや、またそのためのコミュニケーション能力のことである159)。
○「討議能力とそれを支える批判的知性の形成」
  政治動向を批判的に理解・ 解釈し、公共圏における議論へ参加できる能力のこと。
 批判的という言葉には、二つの含意がある。一つは、公共圏が国家や政府の活動を監視 し、評価するという批判的機能を有しているという意味から、国家政府への批判的なま なざし。もう一つは、現状をあるがままに肯定するのではなく「現状の矛盾や問題点を 明らかにしたうえで、『より良い』未来に向けて知的・実践的模索を試みるものである」 という意味から、現状への批判的なまなざし160)。
○「市民的問題解決行動の形成」
  公共圏へ問題提起を行ったり、「公共圏の耕作人」としての役割を遂行したり、また 時に「問題」に対して解決への実際的な行動を起こしたり、参加する能力を意味してい る161) 。
 川中は,公共圏/市民社会の担い手たるアクティブで批判的な市民をいかに育成するかという問題提起において,その市民に必要なリテラシーを上記の3の要素とした。そして,「他者との共生」に必要な「あり方」として,相互に差異を承認し,討議の対象として付き合い続ける「相互承認」の関係性を重視している。
③持続可能な社会を構築する市民像とは
 以上の川中の市民リテラシーの定義やシティズンシップの定義おける議論を参考に,本論において目指す市民像,「他者とグローバルな関係を形成し,持続可能な社会を構築するために積極的に行動する市民」に必要なリテラシー(資質や能力)を以下のように整理したい。
第1,「ミッション(役割)の自覚」
 成員として社会を担っていこうとする心構え。自分及び家族,地域社会に対して愛着を持ち,よりよくしたいと考えること。自分が社会で何ができるのかを考え,どんな社会にしたいかビジョンを持ち,ミッション(役割)を自覚する。
第2,「コミュニケーション力」
 他者(自然・人を含めた周囲の環境)と関係を構築できるコミュニケーション力。
他者を認める能力(相互承認),多様な立場の人々に呼応する想像力,討議能力。
多様な主体と連携・協働して課題に取り組む力
第3,「市民の権利・義務・責任についての理解」
人間の自由,平等,自律や正義など民主主義の基本的価値を制度的かつ社会的   に保障する,市民としての権利・義務・責任,さらには,政治制度や機関,国民国   家との関係性等についての理解,
第4,「批判的分析力・思考力」
自分が属する社会の環境の動向に主体的に関心を持ち,その状況について批判的   に分析する力。現状の矛盾や問題点を明らかにし、『より良い』未来に向けて思考   ・模索する力。批判・思考に必要な分野の知識・スキル。批判的想像力162)。
第5,「問題解決力」
地域社会等への問題提起をおこなったり,その課題解決に積極的に行動する力。
課題解決に必要な情報やスキル,人材,資金を集め,実行のプランを企画し,実行する,マネジメント能力やファシリテーション能力。課題解決にむけた市民活動に主体的に参加すること。
 よって,本論で言う「市民」とは,宮島喬が第1に分類した「国籍を有する」,「市内に住む」等の単純な意味ではない。第2の分類「諸権利」に関連した「社会のメンバーとして認められ,それにふさわしい権利」を保持しながら,持続可能な社会を構築するために,第3の「行為の型」を具体化した「自らの役割を自覚し,批判的なまなざしで社会の課題を見いだし,その問題解決のために他者と連携して行動できる人」ということになる。 一言で言えば,「コミュニケーションを重視する,アクティブで批判的な市民」ということになる。
 日本の環境基本法においては,「国民は,基本理念にのっとり,環境の保全に自ら努める」163)と「国民」を市民社会の主体として表記してある。これは,シティズンシップの概念で示してきたように,グローバル化する社会の中でナショナリズムに偏った取り組みと誤謬される恐れがある。そこで,本論においては,「国民」を「市民」と置き換えて論考していく164)。
 さて,第3次環境基本計画では,その前文において「全ての構成員が参画することによってこれらの目指すものの実現が可能になる」165)と社会の構成員として「市民」の参画を期待している。次に「市民参画」は「持続可能な社会」にとってどんな意義があるのか考えてみたい。
by kazukunfamily | 2011-02-20 12:58 | アートと環境

兵庫たつの市 町ぢゅう美術館

2月の20日、あすまで、兵庫県たつの市で町ぢゅう美術館があります。
兵庫教育大の恩師がかかわっておられるので、見に行きました。
メインはたつの北高校のデザイン部や電工学の生徒の作品ですが、
今年は、電気自動車でしょう。
かわいい、軽4がしずかに走っていました。
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ぶらぶらするのにいい町ですね。
ただ、駐車場は橋向こうにとめることになります。路地にはいると迷路で、わがslkは、どきどきしながらなんとかそこをぬけました。
by kazukunfamily | 2011-02-19 15:59 | アートと地域

博論雑稿 シティズムシップって何?

ななんと、1週間の間に親戚の叔父達3人がなくなりました。
いとこの兄貴達の電話にびっくりです。しっかり見送りたいと思います。

叔父達は、とびきりの元気のいい市民でした。自治会、会社等のためにがんばって大正、昭和、平成といきぬきました。そんな市民に関わる、シティズムシップに関わる論をのせます。

②市民的リテラシーの把握
ア,シティズンシップとは,
 シティズンシップとは,17~18世紀頃に,欧米の市民革命を媒介に,自然権を保持する権利主体であると同時に,ある共同社会の構成員としての「市民(citizen)」の持つ資格と権利という形で明確化されたものである。その後,参政権の獲得層の拡大と共に,権利自体の内容も20世紀的人権である社会権の主張・擁護を含むものへと拡大してきた概念であり,「市民権」と訳されることも多い。
 しかし,宮島喬が「人が一つの社会のフルメンバーと認められ,それにふさわしい権利を持つことができ,定められた義務を果たし,そのことを通じ。自らも市民,つまり社会メンバーと感じる時,そこにシティズンシップが成立する」143)と述べているように,シティズンシップを「市民権」とだけ訳するには訳が狭すぎるよう思われる。宮島は,今日のシティズンシップに関する議論を見渡して,その語は大まかに3つの文脈で用いられるとしている144)。
 第1は,例えば「アメリカン・シティズンシップ」という言い方があるように「国籍」     とほとんど同じ意味に用いる。
 第2は,市民という地位,資格に結びついた諸権利を指す用法。
  その権利として中心的に考えられてきたのは,思想,信条,身柄の自由,表現     の自由などの自由権的な権利,政治的権利,そして,20世紀の福祉国家の成     立とともに重要性を増した社会的権利。
 第3は,人々の行為,アイデンティテイ等に関するもの。
     「個人が共同体に参加し,そこに一体化するある行為の型」
では,「持続可能な社会」を担う「市民」が持つリテラシーを考えるとき,どのシティズンシップの立場を取ればよいのだろうか。まず,地域から地球全体に及ぶグローバルな環境の持続可能性を高める役割を担う「市民」概念を考える時,主権国家・国民国家の枠を超え「国民」として規定されない人々(ジェンダーの上で差別されてきた人,移民,外国人労働者,少数民族集団等)をも包摂する必要がシティズンシップにはあると思われる。「国籍」=現代のある面で排他性をもつ国民資格と結びついたシティズンシップは,ナショナリズムに結びつく危険もあるが,グリーバル化する社会における市民にとって,多様な他者の存在や自己とナショナリティの関わりを問い直す一つの契機になると思われる。
 第2の「市民としての権利」については,市民的自由と社会的権利がその具体的な内容であり,「権利としてのシティズンシップ」,または,「法的地位としてのシティズンシップ」とも言われる145)。この立場のシティズンシップは平等を前提としている。それは権利として与えられ,勝ち取られたものであった。反面,その対価として市民には義務が発生した,納税の義務,兵役の義務などである。しかしながら,宮島が「シティズンシップは,これまでどちらかといえば、斉一的な平等の観念と結び付けられることが多かった。“略”今では多様な状況、文化背景、要求をもつ個人、カップル、家族にどのようにシティズンシップを保障するか、という課題も大きくなっている」146)と述べているように,一人ひとりの価値観やライフスタイルが多様化する中で,ジェンダー・アイデンティティや家庭生活の営み方という「私的」な領域の問題もシティズンシップの問題として扱われるようになっている。
 アイリス・ヤングが「差異化されたシティズンシップ」147)を唱えたように,民族,ジェンダー等の差異化された社会集団や成員に対して一斉的に市民一般の資格や権利を言うのではなく,その置かれている条件や要求の差異を考慮した,権利の行使の可能性を与えることを現代社会は求められている。例えば,現在のEUでは政治的権利は加盟国の市民であることによって与えられている。加盟国の市民であれば,他の国に住居していても,その地域における自治体の政治に参加し,居住地でヨーロッパ議会の投票ができる。また,スエーデンやイタリアなどは,政治的権利を持たない第3国の市民に地方選挙権を与えており,政治的権利を有しなくても市民的社会的権利を保障している。このように,第2の意味の権利・義務のシティズンシップは分解する状況にあるものの,市民が社会の意志決定や運営等に関わるには重要な要素と思われる。
 第3の「行為,アイデンティティに関するもの」について,宮島は「主観的,客観的側面をもつ個人と共同体の関係の成立」によって,市民は社会にシティズンシップが実現できたことを実感できると述べている148)。この個人と共同体の関係を成立させているものは,人々のアイデンティティと行動(行為)である。
 まず,「アイデンティティとしてのシティズンシップ」について,篠原一はEUを例に挙げて下記のように説明している。
「これまでのシティズンシップは,それが多元主義を容認するようになった場合(集団の権利)も,一つのデモス(区)を前提としてその上に成り立つものであったが,EUのような場合は,複数のデモス,つまりデモイ(民衆)の上に生成されるのであり,国民国家への忠誠は,ローカルなもの,ナショナルなもの,グローバルなものへと分解される。さらにバスクのように国境を越えて地域が一つのアイデンティティをもつ場合も多数有り,アイデンティティはより多元的となった」149)。
 確かに個人は複数の集団(国家,地域社会,政党,協会,教会)に所属し,その集団ごとにアイデンティティを保持する一方,EUのように,国籍を超えたグローバルな超国家政治共同体では,アイデンティティはさらに多元化し,個人の存在を肯定するものとして大切されていくと思われる。よって,「アイデンティティとしてのシティズンシップ」における個人のアイデンティティは,グローバル化する現代社会に,個人が自己を守り,自己実現を図って行く要素として重視すべき点と思われる。
 次に「行動としてのシティズンシップ」について,篠原一は「権利を持ち,義務を背負う市民ではなく,自ら積極的に行動する,自ら道を切り開いていくことが問われる」150)と説明している。そして,この「行動としてのシティズンシップ」が現在,国境を越えて拡散しているとする。すなわち,シティズンシップがその取り組む課題としての注目されている人権や環境問題は国境内にとどめておくことができない,普遍的拡がりを持つ。その拡がりによって「行動としてのシティズンシップ」は活性化するというのである151)。 さらに,篠原は市民的倫理基準論と「行動としてのシティズンシップ」とを関連づけて,倫理基準は市民社会での活動によって習得される習得されるとする。そして,ウイリアム・ギャルストンの4つの倫理基準を紹介している152)。
第1「一般的倫理基準」・・勇気と正義,遵法精神
第2「社会的倫理基準」・・独立性,開放性
第3「経済的倫理基準」・・労働倫理,経済的技術変化に対する適応性,
             自己欲求を抑制する能力。
第4「政治的倫理能力」・・他者の権利を認める能力,対価を支払うことのできるものだ             けを要求する姿勢,公職にある人を評価する能力,
             公的討議に参加する意欲。
 篠原は,この中で政治的倫理基準にある討議の尊重と他者の権利の尊重に着目し,「自律した人々が自発性に基づいて横のコミュニケーション関係を構築することが求められている」として,自発的なコミュニケーションを新しい市民社会を推進する本質的要素として重視している。よって,「持続可能な社会」を担う「市民」が持つリテラシーとして本論においては,この「行動としてのシティズンシップ」に着目する。
 また,工藤豊は,シティズンシップの資質や資格全般を意味する「市民性」に着目し,グローバルな関係を形成する資質として以下のような資質を挙げている。
第1・外来の他者の立場あるいは,マイノリティ・社会的弱者として存在する人々の立場   に呼応する想像力をもつ資質153) 。
第2・国家の枠を超えて存在する相互依存関係の自覚の上で他者との連帯・共生を,さら   には環境を構成する「自然」との共生を可能にするような資質154)。 
第3・弱者・少数者への視点としてvulnerability(自らを弱者の立場におく)という資質・   態度155)。
 シティズンシップというと,第1の意味でとらえると国家に従順な国民を育てる意味合いが強くなる。そこで,工藤がナショナリズムを克服するために,グローバル・シティズンシップ着目156)しているように,今日の持続可能性に関わる課題は,ローカル,ナショナリティを超えたものであり,そこには他者の問題であっても自らの問題として捉える力が必要となる。本論においても,他者とグローバルな関係を形成する資質を重視したい。
 以上の持続可能な社会を構築する市民に必要なリテラシーにつながる,シティズンシップは「文化や価値が多様化・複雑化する社会において,個人が自己のアイデンティティの形成を図るとともに,持続可能な社会を構築する目的のために,個人としての権利と義務を行使しながら,多様な他者と社会の意志決定や運営に積極的に関わり行動できる資質=市民性」と定義したい。簡単に言えば「自己のアイデンティティを大切にしながら,他者とグローバルな関係を形成し,持続可能な社会を構築するために積極的に行動できる市民」が保持する「市民性」ということになる。
by kazukunfamily | 2011-02-18 17:56 | 博士をめざす方へ

博論の片隅 モータリゼーションの進展による環境負荷等の影響

ア モータリゼーションの進展による環境負荷等の影響
  運輸部門からの二酸化炭素排出量は、平成19年度(2007年度)において2億4,900万
 トン(総排出量の19.1%%)となっており、京都議定書の規定による基準年の1990年比
 で14.6%増加している。このうち、貨物は基準年比で6.9%減っているにも関わらず、
 旅客は基準年比35.1%増加し、その旅客の内、自家用乗用車からの排出量は基準年比 
 41.9%も増加している。
  日本では、ここ30年間で、自動車保有台数は約7,700万 台と約4倍、運転免許保
有者数は約7,900万人と約2倍 に著しく増えている。
   姫路市においても同様で、昭和58年(1981年)から平 成18年(2006年)の25年 間で自動車保有台数は、約 1.85倍の84,087台増加している。
これは、モータリゼーションの進展により、自家用車が徒歩や公共交通を代替しただけではなく、中心部にあった商店や住宅の周辺部への拡散によって広域的な移動が必要になったからと思われる。事実、2006年度一般道路平日昼間12時間交通量調査において姫路市を東西に結ぶ国道2号(姫路バイパス)は、全国4位の交通量(91,143台)であり、休日でも全国の5位(70,699台)の交
 通量である53)。これは、姫路の住民にとって、宅地の郊外化や市役所や病院などの公
 共施設の郊外への移転、さらには市南部のバイパス沿いに大規模商業施設ができたこと
 により、自動車を生活の足として利用することが必要不可欠になっていることを示して
 いる。
よって、ビルや住宅、商店が立ち並んでいる「人口集中地区」が中心部から郊外への
 拡散傾向が強い姫路市のような都市ほど住民の自動車依存率が高くなり、比例して自動
 車の保有台数は多くなる。結果、二酸化炭素排出量は増大する。
  また、この自家用車依存の傾向は人口減少が進展と相まって、本来、一度に多くの人
 を運び、自動車依存率を下げ、二酸化炭素排出量を減少させる公共交通機関の維持を難
 しくする。          
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表15 乗合バス事業務量の推移
  姫路市でも、乗合バスの乗車人員は、1964年度の年間1,951万8千人をピークに、昭和から平成になって表15のようにさらに減少傾向が厳しくなっている。ゆえに、2005年度からは「姫路市交通事業経営健全化計画」に基づく民間事業者への路線移譲、路線廃止などが実施しされ、事業規模が縮小されている。平成18年度版環境白書によると、人を一人を運ぶ時に排出する二酸化炭素の量を乗り物ごとに比較すると、自動車は鉄道の約9.1倍、乗り合いバスの約3.2倍の二酸化炭素を排出しており56)、環境効率の非常に悪い乗り物と考えられる。また、公共交通路線の廃止は、運転できない高齢者にとって、郊外に移転した病院や公共機関・商店車への移動を難しくし、健康に生活する権利が保証されない恐れがある。
  商店街の衰退の一因である「人口集中地区」の拡散は、モータリゼーションにへの依存を招き、結果、地球温暖化に繋がる二酸化炭素排出量の増加とともに、多量の石油ネルギーの消費を招くことに繋がる危険性をはらんでいる。
イ 小売等の延床面積の増加による環境負荷等の影響
  姫路市の小売り等の床面積は、1994年の605,239 ㎡から2007年の745,249㎡と増加し
 ている。ただ、表16が示すよう  
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表16 姫路市1994年から2007年の小売業の状況に、事業所数は同期間で1095減少している。よって、1事業所あたりの床面積は、1994年の約102㎡から2007年の約138㎡へ増加している。この数値は同期間に姫路市に大型のショッピングモールが建設され、変わって商店街等における小規模店舗が数多く閉鎖されたことを示している。事実、2号線バイパスと国道250線をはさんだ区域に1993年にジャスコ姫路リバーシティーショッピングセンター(飾磨区)ができたことを皮切りに、2004年には、ザ・モール姫路(広畑区)イオン姫路大津ショッピングセンター(大津区)等の大型ショッピングセンターが建設、営業を展開している。
  この小売・事務所等の延床面積が増加は、それに伴う空調・照明設備の増加、そして
 オフィスのOA 化の進展等により電力等の膨大なエネルギーを消費する。なぜなら、大型ショッピングセンターは365日営業し、場所によっては24時間、通常でも22 時までは営業している。その間、数万㎡もある全館を冷暖房しているのである。
この姫路のような小売業の大型ショッピングセンター化は全国に及び、2007年度の 業務その他部門(商業・サービス・事業所等)の二酸化炭素排出量は2億3,300 万トン であり、基準年(1990年)と比べると41.7%(6,850 万)増加している。
by kazukunfamily | 2011-02-14 22:00 | 博士をめざす方へ

我が校のユルキャラとしょうちゃんカー

今日神戸空港の5周年の報道を見ていて、姫路の城まる姫のゆるキャラが登場していたのでうれしくなりましたね。そうそう、姫路には姫路おでんの広報担当、しょうちゃんカーなるものがあるものをしっていますか。今、姫路B1グルメグランプリの宣伝をかねて、イーグレ姫路にいますよ。子どもに大人気です。
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これに負けないくらい、我がクラスも、自分の学校のキャラを考えてくれています。
学校の銘木、ふうの木くんと 自分たちの教室が一番古い鉄筋の教室であることを知った子どもがつくった手柄小くんです。
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どうです。なかなかいいでしょう。
by kazukunfamily | 2011-02-13 20:22 | 子どもと表現活動

博論 没原稿から 姫路の商店街ついて

博論では1章1節だヶで、実は100枚を超えていました。膨大な没原稿がありますので、すこしづつ紹介していきます。地域の持続可能性を研究している方には参考になるかな?

姫路市都市中心市街地の現状 
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姫路市は、義務教育の9年間を見通し、子どもの発育と学習の連続性を重視した教育を行うことによって、義務教育を修了する時点で必要とされる学力と人間関係力の育成を図るとともに、学校種間の接続を円滑にし、入学時の不安や心理的段差の解消を図ることを目的に、小中一貫教育の導入を推進しようとしている。その小中一貫教育の本格的な導入に向け、小中一貫教育推進モデル校として白鷺中学校、城巽小学校及び城南小学校が指定された。そして、2009年4月開校を目途に上記2校の小学校を1校に集約し(校舎は城南小学校校舎を使用)、白鷺中学校と統合して一貫校化を進めると同時に、適正な学校規模を確保するため指定校区外区域からも児童・生徒の募集を行うこととしている。この推進モデル例として指定され、統合される城巽小学校及び城南小学校の2校区は、姫路市の中心市街地にある。そして、この中心市街地は姫路市が、旧中心市街地活性化法(中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律)に基づき平成1999年に策定した「中心市街地活性化基本計画」に沿って、その活性化について取り組んできた地域である。しかし、この2校区の商店数は1997年から平成2004の間に約351件減少している。そして、商店数に比例して、同期間で売り上げが1356億円、従業員数が2018人、売り場面積が23199㎡減少している。また、この中心市街地2校区の人口は、1997年の8219人から2008年には7037人になっており、11年間に1182人(1997年の約15%)減少している。さらに、2校区平均の一世帯あたりの人員は1.99人で市平均の2.53人を大きく下回り、ファミリー層が少ないと推察される。
 さらに、年齢構成を見ると、65歳以上の老年人口は比率27%と市平均の20%を大きく上回る。一方、15歳未満の年少人口比率は市平均の15%に比べ10%も少なくなっている。
 それは、1997年から2008年までの老年人口と年少人口の推移をまとめた表10が示している。この期間に2校区の老年人口は横ばいに関わらず、少人口は年々減少している。特に城南校区では196人減である。これは、1997度比42%もの減である。
 このような姫路市中心における人口減と少子化・高齢化の一因として中心商店街の衰退が指摘できる。それは中心商店街通行量の減少が示している。すなわち1988年度の450,648 人をピーク(「姫路シロトピア博」開催)に平成9年度以降でも表11の示すように減少傾向にある。2007年度の中心商店街通行量は276,065 人で、1988年度と比べるとその減少数は17万人を超えている。
 姫路市は、その背景を以下のような5点の要因を指摘している。
「①1992年、1994年の大店舗緩和以降に郊外に多くの大型店が出店し顧客が流出したこと/②中心市街地に集客の核となる新たな大型商業施設の出店がないこと/③駅南地区の整備に伴って市役所を始めとする官公庁や民間業務施設の立地が駅南へ集中したこと/④商店主の高齢化や後継者難などによる商業の活力低下/⑤戦後、早期の復興整備進展による建物の老朽化」。
 このような姫路市中心市街地における人口の地域偏在の影響で城巽小の児童達は2009年度から通い慣れた校舎を離れることになった。教育委員会は小学校2校と中学校とを統合することで、中1における不登校の防止、少人数化による児童の競争心低下や集団学習の困難化等の解消等を理由に挙げている。だが、このケースは行政+地域主導の学校統合である。すなわち、財政面、施設の管理面の負荷を少なくしたい行政の思惑と学校行事や犯罪・事故からの児童の保護を減員した地域・PTAで支えきれるかどうか不安を抱く思いが一致し、地域は統合案を受け入れたと思われる。よって、統合を招いたのは、周辺部への人口・産業の拡散による中心市街地の空洞化だと言える。人口の地域偏在による山里山間地域だけでなく、対極の環境である都市の中心部でも全国各地で起こっているのである。その現状の深刻さと対策の緊急性は、2001年に経済対策閣僚会議において、環境、防災、国際化等の観点から都市の再生を目指す21世紀型都市再生プロジェクトの推進や都市再生本部の内閣設置が決定されたことや2002年に都市再生特別措置法の施行されたことからも明らかである。 
 事実、姫路のように中心市街地にあった市役所や病院などの公共施設が郊外に移転したり、バイパス沿いなど郊外での大規模商業施設が新規立地される中、中心市街地では空家や空き店舗の増加が示すように商業の衰退や地縁関係・生活共同体的感情の希薄化等さまざまな問題が発生している。
 さらに、このような問題に加え、商店や住居の周辺市街地への拡散は、地域環境にも以下のような大きな影響を及ぼし、中心市街地の持続可能性のみならず市街地全体の環境の低下させていると考えられる。
そこで、商店や住居が中心市街地から郊外へ拡大することにより、環境にどのような負荷を与えているのかを明らかにするに為に温室効果ガスの二酸化炭素排出量に着目した。2007年度温室効果ガスの排出量は二酸化炭素換算で13億500万トンであり、京都議定書の規定による基準年の1990年の排出量(12億6,100万トン)と比較すると14.1%(1億6,100万)増加している。これは、京都議定書で約束した1990年度排出量の6%削減した目標値(11億8,600万)より、逆に16.3%も増加しており日本にとって非常に憂慮すべき状況である。 
 工場等の産業部門において減少しているのに、運輸・商業・家庭からの排出量は最大もので基準年の41.7%も増加している。この増加の一つの要因として都市部における商店や住居等の拡散が考えられる。そこで、商店や住居の拡散によって変容した運輸・商業・家庭の各部門と二酸化炭素排出量との関連を手がかりに、各部門の変容がもたらす、地域の持続可能性の低下させる環境負荷等の影響を整理する。
by kazukunfamily | 2011-02-13 17:13 | 博士をめざす方へ

車を買いました。

ななんと、22年度の間に車、4台目。
これは記録ですね。
前の軽トラがFRで、4輪スタッドレスでも、アイスバーンには弱く、勤務先から自宅まで4時間かかってしまい、尚かつ、コナー毎にドリフトして、命の危険を感じたので、車を探していました。
アウディのA3がいいかなとも思いましたが、クワトロだと燃費の折り合いがあわず、であったのがこの車。
なかなか珍しく、すぐに車名を言える人はマニアです。
スマート、フォーフォー!
ミッションにくせがあり、初めは「どないなるやら」と思っていましたが、なれるとバイクみたいでおもしろいです。まだまだ、手直しの箇所はありますが、そのうち私の車らしくなるでしょう。
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by kazukunfamily | 2011-02-12 10:48 | 趣味・宝

子どもと環境とアート教育の関わりを生かした図画工作科教育の実践的研究


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