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名誉教授の書斎大捜索

兵庫教育大学の大学院でお世話になった名誉教授の著作集をつくることになり、
その責任者として、ゼミの先輩と共に教授の書斎から論文等を大捜索です。
昼1時からかかり、気づけば19時、もうその書籍の量はハンパではありません。
用意した段ボール箱5箱にはりきらず、これを分類・整理するので冬休み終わると覚悟しています。

がんばるべー。
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by kazukunfamily | 2011-12-29 18:02 | 学会の活動紹介

ワージ・クローンを作らない授業づくりー自然を素材にした失敗から学ぶー

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ワージ・クローンを作らない授業づくりー自然を素材にした失敗から学ぶー

1はじめに
 私は大学でゴールズワージの作品集に出会い、また、美術館で巨大なドローイングを見て彼に魅せられた。ゴールズワージは、自然の中に手以外、ほとんど道具も持たずに入り込み、木の葉や土、小石などの自然の素材を使い場所や素材の持つ特性を生かしながら作品を作り出す作家であり、日本でも数回来日し三重県や福井県等で制作を行っている。
 私は、彼の作品集を子ども達や同僚に紹介し授業やワークショップを行ってきた。高学年の造形遊びの授業作りに苦労している現場にとって、彼の芸術は、自然素材を活用する授業の最高の教材と考えていた。(写真1)
しかしながら、何度か授業で彼のの表現を参考にする内に落とし穴に落ちていることに気がついた。その落とし穴とは何か?。それは、子どもの作品であるがまるでゴールズワージのコピーのようである。そこで、このような作品をワージクローンと自己の実践の反省を込めて呼んできた。だだ、作家の手法をなぞる授業全てを否定しているわけではない。彼の表現の意図を考え、なぞることで子ども達の自然を見つめる視野を広げることは意味がある。しかし、表現から一人一人の個性が見いだせなければ芸術家の表現に縛られているとは考えられないだろうか。
そこで、そんなワージクローンを生んでしまった私の実践から、失敗の原因を探り、その改善方法を見いだすことで子ども一人一人の個性輝く授業作りのあり方を示したい。
2ワージクローンはなぜ生まれたのか。
(1)秋の山の色・形を生かしたつもりが・・ この授業は前任の山間の僻地校での行ったものである。授業後の感想カードは図1のような作家を褒め称える内容が多かった。そして、その表現をたどることは楽しいと活動を評価していた。授業者としてはめでたし、めでたしなのだが、カード全てが芸術家のよさ指摘していたり、「ワージの作品を超える作品は無理だ」という感想のカードを読むと、はたしてこれでよかったのかという反省が生まれた。自分の好きな芸術家を子どもに押しつけただけなのかなと思っていたところに、子どものが記録した写真3,4を見て落ち込んでしまった。
 この実践は前半・後半の2部構成になったいた。前半は自分の力だけでも秋の里山での作品作り。後半は「ワージに挑戦」と題してワージの作品を鑑賞してから作品作りをおこなった。両者を比べると前半の方がオリジナリティに溢れ、作家観賞後よりずっといい。なぜ作家の作品鑑賞が子どものオリジナリティを奪ってしまったのか疑問が膨らんだ。そこで、授業を振り返ってみた。
(2)授業の概要
①題名「秋の山の色、形を生かして」
②学年6学年 28名
③実施時期 10月下旬
④ねらい
・秋の山にある素材や場所のよさや 美しさを考えながら、想像力や創造的な技能などを総合的に働かせ て楽しく表現する。(表現A)
・ゴールズ・ワージや友達の作品の 美しさや表し方のよさ、ねらいの面白さを味わい、自分の表現に生 かそうとする。
⑥指導過程(全2時間30分)
A第1次(1時間)
ア学校裏山のアスレチック場にゆき、自分の好きな秋の色、形探しをする。
イ里山の中で作品を作りたい、お気に入りの場所探しをする。
ウ秋の色や形がより一層輝くような組み合わせや構成を工夫して造形活動をする。
エ自分の作品をカメラに納める。
オ友達の作品を鑑賞する。
B第2次(1時間30分)
ア作家の作品集を見た感想を出し合い、教師から制作意図や手法  の説明を聞く。
イ作家に負けないような素材を里山で探す。
ウ探してきた素材をもとに総計活動をおこなう。
エ作品をカメラで記録する。
オ友達の作品を鑑賞し、自己評価カードに授業の感想を書く。
(3)ワージクローンを作った原因 この授業計画のどこに問題があったのか。その原因の一つに2時間目で活動場所に作家の作品写真を木等にぶら下げていたことがあるように思う。作品はいい刺激になったかもしれないが、それを見れば子どもがコピーを作りたくなる。しかし、最大の原因は教師の心に、まずゴールズ・ワージありきだったことである。言うなれば、図ように、秋の素材生かす表現を楽しませることより、作家の表現に子どもを合わせようとしたところに失敗の原因があると思われる。
第1次終了後に、子どもの表現の意欲や技能を高めるために提示する鑑賞作品を検討すべきだった。
実は、その提示すべき作品のヒントを子ども達は第1次に教師に与えてくれていた。教師が「きれいに色を組み合わせているね、何か参考にしているの?」と聞くと「家にある生け花」と答える子が数人かいたのである。すなわち、子ども達は自分の作品に日々の生活で見慣れた生け花を重ねていた。
3自然素材は子どもの生活と紡ぎ合ってこそ生かされる。
 よって、子どもの意欲や表現高める鑑賞作品は、家庭や学校の玄関等においてある生け花の実物や室内だけとどまらず野外等でおこなわれた生け花の画像等だと思われる。
自然の素材を生かすには、まずは子どもの生活にある自然の色・形を生かした美との紡ぎ合いを教師が読み取る努力が必要であると考える。
ワージ自身も永平寺にある野積みの石に美を見いだし、自らの作品に生かしている。日本は、日々の生活において素朴な心で、自然の持つ美がより一層輝くように利用して室内や庭の空間を豊かにしてきた。
その生活中に生かされた自然素材の作品例を授業づくりに役立てることは大切であると考える。そのためには、家庭訪問や地域学習等で子どもの生活と自然素材との接点を探る必要がある。自然素材を授業で生かすヒントは子どもの日々の生活にあると考える。
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by kazukunfamily | 2011-12-26 09:56 | 教授の図工実践

雪がふる。犬は喜び、ゆきどけ大変。

朝から風景は真っ白です。犬は喜び、私は、名誉教授の論文集関連のテキスト打ちながら、ゆきをどけています。これ腰痛になるのですよ。雪は、本当に重たいのですよ。
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by kazukunfamily | 2011-12-26 09:47 | 地域情報

奈良で姫路の世界遺産をアピールしてきました。

24日に奈良の100年会館で行われた「世界遺産子ども会議」に、勤務校の5年生2名が参加し、パネラーとして、姫路の町の宝のことをプレゼンし、その受け継ぎかた等について意見をのべくれました。とっても大きなホールで、度胸もいるのによくやってくれたと思います。また、迎えにきていただいた保護者の方にも感謝です。大成功の会議でした。しかし、子どもの力はすごいなーと感心しました。
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by kazukunfamily | 2011-12-26 09:44 | アートと地域

「LOVE」を生むアートな授業づくり

1.「L」・・・・「LOVE
 2005年2月にクリスト&ジャンクロードのニューヨークのセントラルパークにおいてザ・ゲーツプロジェクトが彼らのホームページを見ていて実施されるのを知り、「よっ、しゃー」と飛行機に飛び乗ってしまった。そして出会った光景が数千のゲーツだった。そこで、その下を歩く人に「このアートをどう思うか」と聞いてみた。すると返ってきた答えが「LOVE」だった。確かに美しいけど、どうして「LOVE?」愛せるのだろうと思った。
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2.「O」・・・・「0,ho!」
 R、ギフォードは著書『環境心理学』において環境の価値判断に影響を及ぼすものとして「環境の好み」をあげ、その研究をおこなっているカプラン夫妻が見いだした「好みに関する4つの要素」を紹介している。
「一貫性=すぐに理解できること」、「分かりやすさ=将来理解できるという見込み」、「複雑性=すぐに関与できること」、「神秘性=将来関与しえる見込み」1)
 まず、ザ・ゲーツはその巨大さゆえに「複雑性」と「神秘性」が見て取れる。いうなれば「0,ho!なんだ、これ?」である。まず、ゲーツと森と街が作り出す複雑な風景は多くの情報を提供して観察者を引きつけたままにする。まるで神社の鳥居みたいで神秘的な光景も、もしその風景に踏み込んでいけば、もっと何か知ることができるだろうということを暗示している。かくいう私も、ゲーツのこの2つの要素に引きつけられ、ニューヨークまで出かけてしまった。
3.「V」・・・・「Value」
 学生のスタッフが「クリストは、アートで我々を解放する」と言っていたが、ゲーツに関わった人は、その形、色、場が持つ歴史・意味と関連づけて、多様な自分にとっての「Value」価値を見いだしていた。
4.「E」・・・「Easy」
 その多様な価値の発見を可能にしているのは、このゲーツが現代社会と関わることで成り立つという「一貫性」と、ゲーツ=門の持つ意味の「分かりやすさ」と思われる。確かに、ゲートの中に入ると「Easy」に自分なりの価値を発見できた。なぜなら、ゲートの下では多くの人とその価値について「Easy」に交流して、会話することできたからである。 
今回の学習指導要領改訂で、美術教育は時間数の現状維持はできたものの、その教科としての価値が問われ、「子どもが喜んでいるからOK」という体験主義の授業では、教科の存亡を問われてしまうと思われる。そのためにも、クリスト&ジャンクロードのような「LOVE」を生むアートの授業をする必要があると考えている。

■註
1)R、ギフォード、「環境心理学(上)-原理と実践-」、北大路書房、2005年、p109
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by kazukunfamily | 2011-12-18 20:25 | 子どもと表現活動

第2回 世界遺産学習全国サミット 2011inならに参加します

お久しぶりです。いやー論文の修正に手間取っていました。
成績等も必死でつけていました。12月は先生は走り回らないといけないみたですね。

で、もうすぐ冬休みです。

奈良の教育委員会からの招待で、「第2回 世界遺産学習全国サミット 2011inなら」で
勤務校の代表として2名の児童が、子供会議に参加します。今、その発表プレゼンの仕上げの真っ最中です。姫路の宝である姫路城をどう子供たちが受け継ぐのかをまとめています。
24日のオープニングの会議なので、すこし緊張しますね。(がんばれ子供たち)
その詳細は、以下の通り
世界遺産学習は、世界遺産や身近にある文化遺産を通して地域に対する誇りや地域を大切に思う心情を育み、持続可能な社会の担い手としての意欲や態度を養います。今年の全国サミットでは、世界遺産学習子ども会議や講演会の他、分科会では幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学で取り組まれた実践発表もございます。また、今年行われた第3回ユネスコスクール全国大会でESD大賞を受賞した奈良市立柳生中学校も実践発表します。どなたでも参加できますので、皆様のご来場を心よりお待ちしております。

◆平成23年12月24日(土) なら100年会館
○世界遺産学習子ども会議「わたしたちのまちのたからものを受け継ぐために」
○世界遺産学習講演会「奈良の伝統行事に学ぶ」
 西山 厚氏(奈良国立博物館学芸部長)

◆平成23年12月25日(日) はぐくみセンター(奈良市教育センター)
○分科会(前半)/世界遺産学習会(1)「平城京の深層」
 井上和人氏(奈良文化財研究所副所長)
○分科会(後半)/世界遺産学習会(2)
 「今、子どもたちに伝えたいこと」
 世界遺産学習を支える人々によるシンポジウム

◆参加費 無料

◆申込み ファックスかメールでお申し込みください。
(奈良市教育委員会事務局 学校教育課 担当:西口・中川)
       ファックス:0742-34-4597
       メール:sekaiisan@naracity.ed.jp
この様子を発表します(天空の白鷺から撮影)
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by kazukunfamily | 2011-12-18 20:18 | アートと地域

ゴパンでぷよぷよ。

先月からキッチンにゴパンがやってきた。
妻の実家は、一町以上の田んぼをもつので、わけてもらうお米はいつも家にふんだんにあります。
それが、パンにかわる。
おかげで、炭水化物摂取がすごくなり、何かぷよぷよしてきたような気がしています。
うますぎるのですよ。この機械。
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by kazukunfamily | 2011-12-04 23:29 | 趣味・宝

環境芸術の定義についての一考察 その1

環境芸術ってなに?ランドスケープアート?、エコロジーアート?、アースアート????
そう定義がされていなかったのです。で、チャレンジしてみました。(まだ途中ですが・・。)
コミュニティアート等を研究されている方々、参考にしてください。詳しいのは環境芸術学会学会誌、最新号にのっています。

現在,日本では「大地の芸術祭(越後妻有アートトリエンナーレ)」に代表されるように,現代芸術で地域を活性化させようとする動きが,全国各地で興っている。そして,それらの地域において,市民と芸術家,さらに諸団体が相互に連携して,地域環境を素材とした環境芸術の作品を作り出している。しかし,その環境芸術自体の定義は,未だ明確にされたものはない。
 そこで,本稿では,「環境芸術」が,地域社会においてどのような意義をもつのか明らかにするために,『環境白書』における解説やその解説と「環境芸術」の歴史的変遷との関連を参考に,その定義の考察をおこなう。

1 はじめに
大地の芸術祭(越後妻有アートトリエンナーレ)は,1996年に新潟県が提唱した「ニューにいがた里創プラン」の一つである「越後妻有アートネックレス整備構想」に基づいて始まった。2000年に第1回を開催し,2009年には第4回目を迎えた。
アートによる地域活性化をめざすこの芸術祭では,空き家を蘇らせるプロジェクトや廃校をアートで再生する取り組みが展開されている。
このように現代芸術で地域を活性化させようとする動きは,大地の芸術祭の舞台である里山里地地域のみならず全国各地で興っている。そして,それらの地域において,市民と芸術家,さらに諸団体が相互に連携して,地域環境を素材とした環境芸術の作品を作り出している。
そこで,本稿では,「環境芸術」を地域コミュニティで制作することが,現代の地域社会においてどのような意義をもつのか明らかにするために,「環境芸術」の定義を考察することにした。そして,その考察は,平成8年版『環境白書』にある「環境芸術」に関する解説と,その解説にある「芸術の環境化」と「環境の芸術化」という2つの視点と「環境芸術」の歴史的変遷との関連を参考に展開する。
また。その定義の考察から,「環境芸術」の作家の活動を分類し,捉える際に参考になる分析図を作成する。

2.環境芸術の定義についての考察
 環境芸術とは一般にランド・アート(アース・ワーク)と称されるサイト・スペシフィックな現代芸術に関連する分野と捉えられることが多い。
しかし,暮沢剛巳は,「アース・ワークと呼ばれる彼らの作品は,砂漠,湖沼,荒地などの自然を制作素材に見立てたものだが,大規模な工事を伴い,また肝心の作品を現地で見られないなどの難点があり,環境という言葉そのものとは親和性が高い反面,『観客を取り巻く環境を作品に見立てる』という環境芸術の意図に即した表現であるかどうかは,疑問の余地が残る」と,「ランド・アート(アース・ワーク)=環境芸術」という図式に疑問をもち,環境芸術を以下のように捉えている。
「室内外を問わず観客を取り巻く環境そのものを作品と見立てた芸術の総称。現代美術のコンテクストでは,50年代のグループ・ゼロの作品などにその先駆をうかがう場合もあるが,アラン・カプローを始祖とみなす場合が一般的。―略―このカプローの解釈を緩く捉えるなら,インスタレーション全般を環境芸術として考えることもできる」4)。
彼はアラン・カプローがハプニングにおいて演者の身体を取り巻く場所や空間などの「環境」を意識していたように,観客に身近な環境との関係性を意識させる,光・音等を効果的に組み合わせた多様な手法のインスタレーションも環境芸術と見なすことができるとする。
また,エコロジー等の人間も含めた環境保全の機運が台頭した1980年代にはパブリック・アートと環境芸術を関連づけ,都市環境のコンテクストで考えようとする傾向が生まれてきた。そして,市民にとって魅力ある都市空間のアメニティを創出する機能的な役割が付加され,生活デザインや建築も環境芸術に関連する分野となってきた。
現代では,日本の環境芸術学会が,学会の研究分野としてまとめているように,環境芸術は,人間が環境と関わることで生まれる「ものを創造する活動」を統合したのと考えられる。したがって,環境芸術では,多様なジャンルが重なり合うことで,地域再生等,芸術の新たな役割を拡げる可能性を有していると思われる。
 しかし,表層的な景観の調整や見栄え・機能性を重視した商業主義の作品だけを,安易に環境芸術とするならば,その概念はさらに拡散してしまう。そして,その定義は市民にとって難解になり,様々な曲解を生むことになる。 この状況は芸術にとっても不幸であるし,作家,参画した市民にとっても活動の価値が見出せず,その表現活動は単発のイベントで終わってしまうと思われる。
 だが,環境芸術の変遷を見てみると,ジェイムズ・ワインズが「彼は芸術が生態学と産業との間の和解点として機能し,両者が荒廃した土地を生き返らせ,その象徴的な内容を修復することを手助けができると感じていた」と指摘していたように,ロバート・スミッソンは,1970年に露天採鉱によって破壊された土地を 芸術によって再生する意図をもって,全長が500メールの《Spiral Jetty》をネヴァダ州グレートソルト湖に完成させている。
また,リチャード・ロングは,1970年代,アンデスやヒマヤラを始め,世界中を歩いて足跡を記録したり,石ころ,木片等を使ったりして大地にかすかな痕跡を残す作品の制作を通して,「石こそ大地の素材である。願わくば大地に未来のあらんことを」と述べているように,大地に敬意を示しつつ,自然の美を芸術によって引き出そうとしていた。
さらに,1988年からは1991年1990年代,クシュシトフ・ウディチコは,ホームレス・ピープルが非常時に隠れることができる手押し車《Homeless Vehicle》や他の車と交信できる機材を搭載した《Police Car》(写真4)を制作し,都市空間で実際に使用することで,ホームレス・ピープルと市民との会話を促し,都市部のコミュニティが抱える格差の問題への関心を高めることをねらった。
彼らのように,環境芸術に関わる作家達は,環境と人間の関係がどうあるべきかを芸術活動を通して真摯に追究してきたと思われる。したがって,環境芸術は,人間が関わり,破壊した多様な環境の再生に責任を持つということを人々に訴えてきたといえる。
同様のことを1996年の環境白書は指摘している。白書は「現代の我々の生活において,芸術・文化は社会的に大きな比重を占め,不可欠の価値領域となって日常生活と関連する重要な意味と機能を帯びている」9)として,その役割や働きに注目し,「環境芸術」を次のように紹介している。
「現代の芸術には『環境芸術』と呼ばれる新しい試みが現れている。これは絵画や彫刻のほか,音や光,さらには日常的な物体なども素材として環境の中において芸術を創ろうとする動きと言えよう」。
 ここでは,絵画や彫刻のほか,音や光,さらには日常的な物体なども素材としているように,環境芸術にインスタレーションも含めている。環境白書では,特定のジャンルという括りで環境芸術をとらえず,作家が環境に働きかける多様な表現が試みられ,その活動が拡散している状況を環境芸術と見なしている。さらに,環境白書では,環境の中に芸術を創ろうする動きには,以下の2つの方向が認められるとしている。
「一つは芸術の環境化であり,従来美術館に展示しホールや劇場で上演されていた芸術を環境の中に解放し環境の一環として位置づけようとする方向である。-略-人間と環境の間に安定した関係を生み出すために,その関係や他の条件を配慮して作られた芸術である。もう一つの方向は環境の芸術化であり,もともと芸術とは無縁である種々の環境を芸術たらしめるものである」。
 この2つの環境芸術の方向は,環境芸術をつくる作家の環境への関わり方,制作意図を理解するのに役立つと思われる。また,『環境白書』の環境芸術の方向に関わる記述は,自然から都市空間まで多様な環境に芸術活動を通して挑み,社会における芸術の可能性を探究してきた環境芸術の歴史的変遷に通じていると思われる。
そこで,この『環境白書』の記述と,「環境芸術」に関する暮沢剛巳の解説,さらに,その変遷におけるエコロジーや地域コミュニティとの関わりを考慮して,環境芸術の定義を以下のように整理した。
「絵画や彫刻の他,音・光・色彩や日常的な物体,さらには観客の行為などを素材として,環境の中において芸術をつくろうとする動き。その動きには,芸術を環境の一環として位置づけようとする『芸術の環境化』と,人間を取り巻く種々の環境そのものを芸術と見立てる『環境の芸術化』の2つの方向が認められる。また,近年,地球規模の環境破壊や地域コミュニティの衰退を背景に,エコロジーや地域コミュニティ再生への関心をテーマとし,地域環境を活用した作品をこのように呼ぶ場合もある」。
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by kazukunfamily | 2011-12-03 21:16 | 博士をめざす方へ

最強のキャラ弁

写真を整理していたら、見つけました最強のキャラ弁。
あとにも先にもこれを超えるやつは、なかなか出会えません。
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by kazukunfamily | 2011-12-03 21:03 | 子どもと表現活動

子どもと環境とアート教育の関わりを生かした図画工作科教育の実践的研究


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