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六甲ミーツ・アート 芸術散歩2012に行こう

六甲の山の秋はアートがいっぱい。
「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2012」は、六甲山上を舞台に展示される数々のアート作品を、
ピクニック気分で回遊しながら楽しめる現代アートの展覧会です。
様々なジャンルのアーティストが繰り広げる六甲山の魅力や景観を生かした作品を、
五感で感じながらお楽しみください。

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不思議な空間です。
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神戸の博物館にフェルメールもくるし、神戸はアートがいっぱいです。
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by kazukunfamily | 2012-09-27 19:00 | アートと地域

環境芸術の発生、その2

この作品をみていると、パフォーマンス、インスタレーションと環境芸術の接点が見えてくるようで、
加えて、私にはいのちがみえました。
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B ハプニング(ボディ・アート,パフォーマンス・アート)に関連して
 2例目は,1959年にニューヨークのルーベン美術館で展覧会「6つのパートからなる18のハプニングス」を行ったアラン・カプローを環境芸術の始祖とするものである。
 これは,人体やその周囲の環境を取り込んだ表現行為に見いだされる「環境ということ,つまり工業生産品やその廃品までも含むわれわれの環境と,そこに流れる行為と時間そのものが芸術である」20)という環境芸術化(現実と芸術の一体化)の方針を環境芸術の始まりと見る考え方である。
 その環境芸術化の考え方は,都市の建物に囲まれたスペースに大量の廃タイヤを詰め込み,足元の悪い空間を前進しなさいという意地の悪い観衆への指示のみで構成される1961年の「Yard(中庭の環境からも読み取れる。すなわち,彼は,街中に突如大量のゴミや異物を出現させ,一般人や観客を巻き込む「ハプニング」を通して、芸術と日常生活の分離状態を破り、芸術家と観客の間の境界線や、演じる者と見る者の間の区別をあいまいにしてしまい,廃物・観客・行為・時間という現実=環境そのものを芸術化しようとしていた。
  さらに,彼は,廃物・観客・行為・時間という現実を取り込んで芸術を創り出す理由を以下のように語っている。
「全てのものは平等であり,もはや芸術については何にも重要なものは存在しない。道路のゴミ,交通のライトなどがあるだけだ。しかし,それらを凝視してみよう。たとえば明らかに芸術的な才能などを持ち合わせていない人々を注目するだけでいい。そうしたおびただしい数のもの全てが,いやそれ以上の多くのものが,驚くべきものとなりうるのだ。それは事実だ。われ われは,おそらくこのように価値を発見していく のだろう・私が興味をもつのはこうしてできる限り可能性を拡げていくことである」23)。 彼の日常空間と観客の間に日常性や即興性、演劇性を取り入れた表現活動を介在させ,観客に,普段に何気なく接しいた環境のもつ新たな価値を発見させる考え方は,市民に地域環境の価値を再認識させる今日のアートプロジェクトと重なる部分があり,芸術と社会とを関わらせることで,新たな芸術の可能性を拡げたと思われる。
 彼の作りだした環境芸術化の流れは,オプティカル・アート,サイデリック・アート,等に受け継がれた。 ただ,1960年代の段階で,環境的または環境芸術といっても,ローバート・ラウシェンバーグ,ジョン・ケージ,アラン・カプロー等が参加した,新しいテクノロジーを用いたパフォーマンスをエンジニアとのコラ ボレーションで行うアーティスト・グループ「E.A.T:Experiment in Art and Technology(芸術と技術の実験)」あたりまでは,その芸術が創り出される環境は都市的人工環境に属していることが多かった)。
 これらのハプニングやイベント等の芸術動向は,1970年代に近づき,先に紹介した砂漠にチョークで1マイルも線を描くウォルター・デ・マリアや砂漠に巨大な穴を掘ったりするマイケル・ハウザーらのランド・アーティスト達が出現することによって,都市環境から大地の自然環境へと拡大していった。「生活(都市環境)と人間」から「自然と人間」のかかわりを意図するハプニングやイベントに拡散していった。
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by kazukunfamily | 2012-09-09 19:50 | 博士をめざす方へ

環境芸術の発生

環境芸術の発生について新潟のたほ先生のアートを見ていて思うわけで・・・。
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その発生時期としては,ジェイムズ・ワインズが「1970年代には今世紀で最もとっぴで実験的な多くの屋外芸術作品がつくられた。環境芸術運動には,それまでの芸術には見られなかったほど多様な解決や典拠やメディアが関係し,また視野がひろがった」5)と述べている1970年前後を想定したい。そこで,1960年代までを萌芽期,1970年代以降を展開期とし,以後は10年区切りで,その年代の環境芸術の動向を整理していく。
ア,萌芽期(~1960年代)
風景すなわち人々を取り巻く環境は、古代から現代の抽象表現まで芸術家に多様な主題を提供し、無数の解釈や表現法を引き出してきた。1960年代の芸術家と風景の関係について,岡林洋は「ここ数十年来,特に芸術家は,風景と-いや環境といった方がよいのかもしれないが-さらに多様な手段を通じてかかわりをもつようになってきている。もはや風景は,他の背景として用いられない。かれらはまた,風景を描くのではなく,環境に参加しようとしているのである」と,芸術家は描くのではなく,環境に参加することで作品をつくりだしており,両者の関係性はより深まっているとしている。では,芸術家が環境に参加するように制作を始めたのはいつ頃であろうか。 
この環境芸術の萌芽に関わる考え方にはいくつかの異なるものがあると思われる。 
A ランド・アート(アース・ワーク)に関連して
 環境芸術という用語から,ローバー・スミッソン,「渦巻き状の突堤(1970年)」やマイケル・ハイザー,「ダブル・ネガティブ(1969年)」等のランド・アート(別称,アース・ワーク)におけるモニュメンタルな土砂の移動を連想するというものである。 環境芸術とランド・アートの関係性について,南嶌宏は以下のように説明している。
「『環境芸術』として限定する場合,-略-モダニズムを限定させてきた,便宜的に仕組まれてきた美術館や画廊といった因習的な美術の場や,そこから限定される個々の根拠なき作品の形態やサイズを,人間が本来対峙すべき神や自然といったフィールドへと放ち,人間に内在する表現の可能性をもくろむ作品あるいは行為をさす」。
 南は環境芸術の作家として,ロバート・スミッソン,ワルター・デ・マリア,クリスト,リチャード・ロングを挙げている。ここで語られている環境芸術は,1960年代後半以降に,美術館・ギャラリーを出て,作品の新たな「場所」を発見し,大地,海などの自然・野外空間に展開されていったランド・アート(アース・ワーク)と考えられる。ストーンヘンジやナスカの地上絵,さらにピラミッド等は太古のランド・アートといえるものであるが、現代的な意味におけるランド・アートを構想した最初期の作家としてはイサム・ノグチが挙げられる。
 彼はすでに1933年の段階で、古墳や古代遺跡、日本庭園などから着想を得て、巨大なアースワークを設計して いた。1947には「Sculpture to Be Seen from Mars (火星から見える彫刻)」 という作品を発案している(実際には実現せず)。この作品では,盛り土で巨大な「顔」を描くというもので鼻の長さだけ1.6kmになる予定だった。これが実現していればノグチは、おそらく最初のランド・アート制作者になっていたと思われる。
 ランド・アートは1960年代後半のアメリカの彫刻家たちによって、一つの美術動向、として短期間のうちに確立されたとされている。
 しかし,ジフリ-・カストナーは「1955年にはハーバート・ベイヤーがコロラド州アスペンに『Earth Mound』を作っていた。-略- デ・マリアは1961年にはすでに,都市の空いたスペースを活性化させるために,芸術作品を活用することを示唆していた」と1960年を前後に環境の中に入って行う作業計画や活動が始まったとしている。ハーバート・ベイヤーの「Earth Mound」については,藤枝晃雄も「彼の仕事がランドスケープ・アーキテクチュアに属しているには明らかである。-略- 彼の仕事は積極的外部環境の形成としてのデザインであるといえる。それは『選ばれた自然』が精神性と結びついていくというより『与えられた自然』を造形化するものである」12)とランド・アートとの結びつきを指摘している。
 ハーバート・ベイヤーと同様に「与えられた自然」を造形化する試みとして1967年には,マイケル・ハイザーが疾走する車から飛ばされた土,風にまかれた顔料,あるいはモータサイクルを走らせ大地に溝を刻むパターンなど10種類の仮設的作品を作る活動を砂漠の中で試していた。そして,彼は1968年にデ・マリアがカルフォルニア州の砂漠において,チョークで1マイルの線を2本引く「Mile Long Drawing」を手がけた時,その作業に加わっている。 同様にマイケル・ハイザーが同年にネバダ州の砂漠で制作した「Nine Nevada Depression(ネバダ,9つの穴)」では,ローバト・スミッソンとその妻ナンシーホルトが制作に加わってる。このように萌芽期のアメリカのランド・ワークでは,後の主要な作品を生み出す作家達が,砂漠において協力し合って制作活動を行い,環境を素材として操作する芸術活動のあり方を交流,深化させていたと思われる。
彼らが仲間と共に砂漠の大地で試んでいたランド・アートの活動を世に広め,その流れを加速させたのは,1968年、ニューヨークのドゥワン・ギャラリー (Dwan Gallery) で開かれたグループ展 「Earthworks」と言われている。この展覧会では,その多くが大きすぎ,すでに風化で消えたと思われる作品もあり,写真すなわち数多くのドキュメント14)が展示されていた。この展示法は画廊における販売という従来の慣行に異を唱え,作品が商品化され人手に渡ることを拒絶する姿勢 を示しており,暗に当時の消費主義に溺れた美術界を批判していた。
 また,アメリカの自然や社会環境の現状と未来に関して痛烈な悲観的メッセージを送っていたと言われている。この悲観的メッセージの背景についてブライアン・ウォリスは以下のように,当時の政治や環境保護運動と芸術家との関連を指摘する。
「この見方(悲観的)は,当時の政治的風潮と軌を一つにしている。当時は環境保護運動が急速に進み,政治活動,とりわけベトナム戦争反対への参加は,アーティストたちにとって事実上義務と目されていた。従来 の意味においては何ら政治色は持たないものの
works』展はアトリエや画廊といった空間的束縛からアートの概念を開放する意図を示した点において明らかに反体制だった。-略-この展示に参加したアーティストたちは,ぎこちないながらも,環境保護運動の先駆者達と手を組んで大地,そして,人と大 地との関係に目を向かせた」。
 ベトナム戦争への反戦運動,ブラック・パワーあるいはスチューデント・パワーに象徴される1960年代は,従来の価値観が瓦解し,芸術家達も学生,市民,政治運動家達と同様に,社会状況そのものへの鋭い問題意識を持っていた。その問題意識が美術界にも向けられ,1950年代からネオ・ダダ以降の従来の芸術の枠組みからの脱出が進展していった結果,1960年代にはのオフ・ミュージアムの動向が都市で起こった。その後,制作の場は,都市の路地裏等から砂漠等の自然環境へと拡散していった。
 制作の場を都市から自然環境へ芸術家を向かわせたものに,都市の環境における活動することの激しい消耗感,いわゆる疎外感があったとされている。こ動向に関してロバート・スミッソンは以下のように述べている。
「われわれは,都市には大地がないような錯覚をいだく。それにまた,ニューヨークの美術界の枯渇し,消耗した雰囲気は,アース・ワーカー達を,もっと新鮮で根源的な状況の探究に駆り立てる」。
 こうした,芸術家達のエレクトロニクスの支配する人工環境である都市での生活や芸術活動の閉塞感・疎外感からの開放及び自然環境への渇望が,場の持つ特殊性(資質,歴史,環境保全状況等)に沿うように作品を生成させるという手法をより高め,環境芸術が萌芽を促していったと思われる。
大地=地球という自然環境そのものを芸術作品にする環境芸術へと帰結したと思われる。
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by kazukunfamily | 2012-09-08 10:48 | 博士をめざす方へ

歴史的地域プライドを育成する表現活動についての一考察その3

3-2 地域と子どもの実態
3-2-1 獅子舞の実態 
 御形神社宮司の話や千町地区獅子舞保存会のメンバーへの聞き取り調査によると、江戸時代に繁盛地区の千町に他地域から踊りが伝わり、それが下三方地区の生栖に広がり、その生栖からその他の地域に踊りが伝えられていった(図6)。獅子には雄獅子と雌獅子があり、子ども達が学んだ西公文地区は雄獅子だった。獅子舞は3人で踊る獅子以外に獅子をからかう子どもの踊り手と10人程度の囃し手で構成されている。

3-2-2 子どもの実態
里山に囲まれた校舎で学ぶ子ども達は,年間を通して米作り等の農業体験に挑んだり、揖保川の水性生物調査等をするなどして地域環境への関心は高い。また、「秋祭り奉納子ども相撲」等を行っている。そんな学校での地域に体験的に関わる活動がある一方、家庭では多くが習い事等に行っており祖父母の畑仕事を手伝っている子どもは殆どいない。さらに近くのゴミ処理場のダイオキシン煤煙問題や台風の被害等により山の荒廃が進み、その上、熊の出現等により森や河川に入ることが危険になっている。したがって、造形材料・食材の宝庫である森・川は身近にありながら子どもにとって遠い存在になっている。そして、ここ10年あまり、少子化により近隣小学校との学校統合が進んでおり、地域の文化的拠点であった学校がなくなる危機感が後押しをして、児童も含め三方谷の地域文化伝承への関心が高まっている。
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by kazukunfamily | 2012-09-03 23:15 | 博士をめざす方へ

子どもと環境とアート教育の関わりを生かした図画工作科教育の実践的研究


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